東京高等裁判所 昭和54年(ラ)636号 決定 1979年9月19日
抗告人(債権者)
小山マサ
右代理人
中根宏
同
中川徹也
相手方(債務者)
筒井整一
第三債務者
社会保険診療
報酬支払基金
右代表者理事長
柳瀬孝吉
東京都社会保険診療報酬支払基金
幹事長
藤間正夫
主文
一 原決定を取り消す。
二 別紙請求債権目録記載の債権の弁済にあてるため、同目録記載の手形判決の執行力ある正本に基づく抗告人の申請により、相手方(債務者)が第三債務者に対して有する別紙差押債権目録記載の債権を差押える。
三 前項により差押えた債権については、第三債務者は、相手方(債務者)に対して支払をしてはならないし、又、相手方(債務者)は、取立その他一切の処分をしてはならない。
四 第二項により差押えた債権については、抗告人がこれを取立てることを命ずる。
理由
抗告代理人らは、主文同旨の裁判を求め、その抗告理由は、別紙抗告理由書記載のとおりである。
よつて審按するに、一件記録によれば、抗告人主張の債務名義の執行力ある正本が原裁判所に提出されており、右債務名義の送達等執行開始の要件も具備していることが明らかである。
ところで、抗告人が差押取立の対象として主張する別紙差押債権目録記載の社会保険診療報酬、生活保護法に基づく診療報酬、結核予防法に基づく診療報酬は、社会保険診療報酬支払基金法並びに関係諸法規に照らし、診療担当者が本件第三債務者に対して直接支払を請求しうる債権である(最高裁第一小法廷昭和四八年一二月二〇日判決、民集二七巻一一号一五九四頁参照)。もつとも抗告人主張の右債権中には、将来の債権と目すべきものが含まれているが、前掲各法規によつて定められている現行医療保険制度の下では、右診療報酬は、本件第三債務者から診療担当者である医師に対し、毎月一定期日に一か月分づつ一括して支払われるものであり、その月々の支払額は、医師が通常の診療義務を継続している限り、一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるものである。従つて、右診療報酬債権は、将来生じるものであつても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによつてこれを有効に譲渡することができ、またこれを差押の対象ともなしうるものというべきである(譲渡可能であることについては、最高裁第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決参照)。本件において相手方(債務者)が現在医師として診療義務を継続していることは一件記録上明白であり、抗告人主張の本件の将来の診療報酬債権は、これを差押取立の対象としてなんら差支えがない。
してみれば、抗告人の本件債権差押取立命令申請はこれを認容すべきものであるところ、これと異なり右申請を却下した原決定は失当であり、本件抗告は理由がある。
よつて原決定を取り消し、抗告人の右申請を認容することとし、主文のとおり決定する。
(森綱郎 新田圭一 真榮田哲)
請求債権目録<省略>
差押債権目録<省略>
抗告理由書
一、本件診療報酬債権は民訴法六〇四条の継続収入の債権にあたる。
継続収入の債権というためには、債務者と第三債務者との間に一定の法律関係が存在し、それを基礎として継続的に債権が発生することを要し、それをもつて足りる。
ところで本件診療報酬債権は、療養の給付をなした診療担当者は、診療報酬の支払を保険者から委託された第三債務者に対し、毎月一〇日までに前月分の診療報酬請求書等を一括して提出すると、第三債務者はこれを審査して支払額を決定し、これを保険者からの受託金で支払う、というものであり、組織的、団体的医療保険制度として法制化されている(社会保険診療報酬支払基金法一条、一三条等)。すなわち、個々の患者の個性は消失し、医療担当者も保険制度組織中にとり込まれ、個々の患者に対する権利ではなく、第三債務者に対する権利として法制化されているのである(第三債務者に実体上の債務があることも肯定されている―最判昭四八・一二・二〇民集二七・一一・一五九四)。
これによれば、本件診療報酬債権は、原始的には個々の患者に対する診療の対価であり、医者担当者・被保険者たる患者・保険者・第三債務者と複数の人格と関連するものではあるが、法制化された組織的団体医療保険制度のもとでは、医療担当者と第三債務者の間の債権債務として確固たる基本的法律関係のもとに存すると解される。さらに、このような法律関係すなわち保険制度を基礎として医療担当者に継続的に債権が発生していることは公知の事実である。現実に将来の診療報酬債権の譲渡が認められている(最判昭五三・一二・一五判例時報九一六・二五)ことも、保険制度という法律関係を基礎に継続的に債権が発生していることの確実性を示す証左である。
また、継続的に発生する債権の額が一定しないことを云々する考え方もあるが、額の一定性は継続性を裏づける一つの資料ではあつても、確実な継続性が額の面以外から認められれば足りるのであつて、継続収入の債権であることの要件ではない。また、わが国においては、国民皆保険政策の侵透と自費診療の高額化から保険診療の割合は年々増大し、殊に本件のような地方都市においては、保険診療費が収入の大部分を占め、その額の月別変動も縮少している各歯科医にとつて実質上継続的固定収入化している現状にある。
なお、本件申請は一定期間を区切つた診療報酬債権に関するものであり、債務者に対する不当な拘束もないことを付言する。
二、仮りに、右の主張が認められないとしても、本件診療報酬債権は将来の債権として差押が許される。
将来の債権として差押が許されためには、債権の発生すべき法律的関係が確実であり、将来生ずべき債権の内容および第年債務者が特定でき、発生の確実性が強度であつて財産的価値が認められることが要件となる(大判昭九・七・九民集一三・一二九三・大判昭一二・一二・二二民集一六・二〇六四)。
本件診療報酬債権は一定期間を区切つて債権の範囲も特定され、前項にみるとおり右要件をすべて満たすものであり、差押を否定する理由はない。
三、もし、原審のようにことさら法を狭く解釈して将来の差押の道をふせぐならば、狡猾な債務者は毎月差押直前に債権譲渡を繰返えすことにより(本件はまさしくそのような事案である)、永久に差押を免れることを可能とし、強制執行法の効果的運用を司法機関自ら否定する結果となるであろう。そのような解釈が誤りであることは明らかである。